Posts tagged “BessaR3A”

2013.01.12 土曜日

ときどき冬空を眺めながら

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Blogのデザインを変更してみた。写真をもっと大きく載せたいと前から考えていて、けっこうめんどうな作業になる気がしてなかなか手をつけられなかった。実際のところ、結局4時間くらい変更作業に没頭。貴重な三連休の一日目を費やした。そもそも知識がないのにWordpressに手を出してよかったのだろうか。つぎはぎだらけのBlogになりつつある。とりあえず目的は達成されたのでおおむね満足。(何か変なところがあれば教えてください。直せないかもしれませんが。)

2013.01.06 日曜日

ディズニーランド

Coffee after brunch

過去を遠ざけるのは、それを再現することができない喪失感によるところが大きい。あの人と行ったディズニーランドが楽しければ、もう一度その人とディズニーランドに行けばいい。もし二度とその人とディズニーランドに行くことができないのであればそれは喪失で、いくら想い焦がれようとも触れることはできない、再現性を持たない過去として記憶に沈着する。

2013.01.03 木曜日

くぼみを満たすもの

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友だちの家でパーティーをするときの、少しずつ用意されていくテーブルを見てるのが好きだ。コップやお皿といった器は様々な材質できた上向きにくぼんだ空間である。みんなが好きなおいしいものたちでその空間を満たし、乾杯に向けてテーブルを彩っていく。そんな過程を見ているのが好きだ(手伝いは苦手だ)。

2013.01.01 火曜日

コマとコマの隙間

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2013年、何コマの写真を撮るだろう。シャッターを切る行為は心の反射によるものなのだと思う。つまりフィルムに写った景色は心がドクンと脈打った瞬間の集まりだ。だから、写真は枚数が多ければいいってものではない、なんて冷たいことは言わないで、たくさんシャッターボタンを押せる一年にしたい。
フィルムのコマとコマの隙間には何も写っていない。そこにはただ、前後のコマの間の時間が”流れていた”だけだ。その時間のことを想いながら現像をするのが、このうえなく愛おしいのである。

2012.12.31 月曜日

ジュウガツザクラの咲く夜に

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近所の遊歩道にジュウガツザクラが植えられている。ぼくはそんな名前の木があることを知らなかった。この街に引っ越してきたのが10月中旬、そのときには一つの花も咲いていなかったので、なんだ名前と違うじゃないかと通るたびに思っていた。
先週の夜、その遊歩道を歩いて駅に向かう途中で、頭上で小さな点が白く光っているのに気付いた。硬くて冷たそうな細い枝からぽつぽつと、卵殻膜のように薄い花が咲いていた。それが月明かりに照らされてくっきりと、世田谷の空に浮かんでいた。年の瀬に桜の花が見られるなんて、26年生きてきて考えもしなかったことだった。

今年は初めて東京で年越しを迎えようとしている。本当は一年間の疲れを癒すために海外旅行に行こうとしていたのだけれど、年末の忙しさにかまけて予定を計画することをさぼってしまい、気付いたときには航空券もホテルも空きがなくてゲームオーバーだった。
それならばおとなしく故郷に帰ればいいのだけれど、数日前に同窓会も終わっているし、家族もみんな好き好きに過ごすらしいし、地元はとても寒いし、なんだか気が進まなくて、こうして東京の自宅でFMラジオを聴きながらのんびり過ごしている。年が明けてから気が向けば帰ろうと思う。年越しは東京の友だちとわいわいやることになりそうだ。

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2012年、総括すると楽しかった。

ここでも何度か書いたけれど、今年2月に会社の部署異動があり、忙しいチームに配属された。これまで月あたりの残業時間が10時間もなかったのに、2月以降12月までは平均50時間くらいまで増えた。カリフォルニアと連動して仕事をしている都合で、土曜日も午前中までは仕事をするはめになった。動かす金額が大きくなったので、関わる人も多くなって、その人たちの間に入ってプロジェクトをコントロールするのは骨が折れた。本当に心の骨がポキッと折れた気がした日もあった。
そんな日々だったけれど、仕事に対するモチベーションは落ちなかった。去年までは休日に好きなことをするために平日は我慢して仕事をしているような感じだったが、今年は仕事にはある意味無思考で取り組まざるを得ないほど忙しく、それゆえもやもやしている暇などなく、ひたすら走り続ける感じだった。そして休日だからといってゆっくりするために無理にブレーキを踏むと月曜日がつらくなるので、推進力にそのまま乗っかるようにして過ごしてきた。だれかの誘いにはだいたい応じたし、好きなことを好きなだけやってきた。おかげで日々が充実して、充実させるために仕事をがんばろうと思えた。時間の経過がとてもとても早かったけど、その流れをなんとか乗りこなせたこと、それが楽しかった。

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写真について。

今年はフィルム市場の縮小をひしひしと感じる一年だった。富士フイルムはよく使っていたREALA ACEを販売終了にしたし、Kodakは経営破綻してフィルム事業を手放すことになった。写真屋の現像は値上げされて、おまけにモノクロ現像納期も長くなってしまった。じゃあ自分で現像すりゃあいいじゃないかと思って調べてみると、そこまでコストはかからないし難しくもないようだったので、現像タンクと薬品だけはカメラ屋で買って、あとは100均の道具を使って自家現像するようになった。実際、現像自体は簡単だった。微妙な調整はまだまだといった感じだけれど、回数を重ねて熟練するしかないのだろう。とにかくいつでも現像できるのは精神的によいことだ。
それから、2012年は写真で撮るものが大きく変わった。大学時代に写真を始めてから去年までは街の風景を写すことが多かったけれど、今年はいつも一緒にいる友人たちを撮るようになった。これまで人の写真を撮ることはほとんどなかったぼくにとってそれは新鮮だった。みんな気に入ってくれるし、喜んでくれる。それがとても楽しいことなのだと知った。

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2013年。

どんなふうに過ごそうか。今年は流れに乗ることで前進した一年だった。その流れが来年も続いてくれるとは限らない。他の流れを見つけてそこに飛び込むか、自分で流れをつくっていくか。いずれにしても今年と同じような過ごし方をしようとは考えないほうがいいと思っている。それは今年がダメだったからではなくて、今年のような生き方のパターンを学んだからこそ、別のスタイルも経験していくべきだと思うから。同じ一人の人間でも、生き方は好きなように変えられる。それはとてもすばらしいこと。
これまでずっとそばにいた人がいなくなった一年間。自分の中の「定点」を失った恐怖は本当に計り知れないものだった。うまくやっていく自信がなくてとても不安だった。現時点でも、ぼくはまだ新たな定点を見つけることができずにいる。それでもこの一年間を振り返ると、結局ぼくの心は崩れることもなく、ただこれまでと少し違った形で毎日を過ごしてくることができた。この事実はとても大切な事だと感じている。きっと2013年は次の定点を求めて生きていくのだと思うけど。

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ジュウガツザクラは年に二度、花を咲かせるらしい。彼らに一年という単位概念はなかろうが、ぼくは二度の開花をカレンダーに重ねてみるのだろう。次に花咲く季節にぼくは何を想うだろう。そして来年の年の瀬、ぼくは誰を想うのだろうか。