Posts from 5月 2015

2015.05.31 日曜日

Whiplash

今日が引き換え期限の劇場鑑賞券を使って映画「Whiplash」(邦題「セッション」)を観てきた。ジャズドラマーを目指す学生と、常軌を逸した指導者の物語。ときどきジャズを聴くしパーカッションを聴くのは好きだから面白そうだなぁと思ってたのだけれど、うん面白かった。指導者・フレッチャーがひたすら狂気に(そして音楽への愛に)満ちていてぞくぞくした。あとフレッチャーを演じていたJ.K. Simmonsがぼくの職場にいる鬼のように恐い古株社員の爺さんに似ていた。

2015.05.25 月曜日

いつか思い出せなくなっても

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きちんと思い出せるかどうかは別にして、人の記憶というものは必ず脳のどこかに保管されているらしい。ぼくは昔の記憶を思い出すのが苦手だから、それが本当ならうれしい。思い出せない記憶はもはや体験しなかったのと同じではないか?なんて考えたこともあった。けれど脳のどこかの引き出しにその記憶は収められていて、またいつか何かのきっかけで見つけ出すことができるのであれば、それを楽しみに待っていようと思う。

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そんなぼくも、自分で撮った写真を見るとその時のことをはっきりと思い出すことができる。もう少し正確に言えば、シャッターを切りたいと思ってからシャッターを切るまでの数秒間のファインダー越しの景色と、その時の感情の動きがまざまざと蘇ってくる感じ。だいたいぼくが過去の思い出を振り返るときには、自分が撮った写真をきっかけとして、その写真を撮った瞬間を思い出し、次にその時の気持ちが思い出され、そして芋づる式にその日に何があったのかをようやく思い出している。これは便利だなぁと思っている。

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ところで、このような記憶を呼び覚ましてくれる写真を撮ったときに使ったカメラには共通してファインダーがついていた。iPhoneの写真も好きだし、GRで撮った写真も好きだったけれど彼らにはファインダーがなく、液晶画面を見ながらシャッターボタンを押して(あるいは液晶画面をタップして)撮影する。こうして撮った写真は、結果的に、ぼくの貧弱な記憶を掘り起こすのには役立ってはくれない。それはやはり写真を撮るその瞬間を自分の目で見ることができなかったからなのだと思う。そんなの感情論だ、気分の問題だ、屁理屈だ、と言われればそれまでだけれど。

先週の大学時代に知り合った友人の結婚式。素敵な式でした。おめでとう。

2015.05.03 日曜日

五月、環七、プラタナス

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5月になりました。夏のような日差しが数日続いています。環七通り沿いに植えられたプラタナス。寒い季節に枝を間引きされていたけれど、もうこんなにも緑を芽生えています。桜前線が通り過ぎて梅雨前線に覆われるまでのこの季節がいちばん気持ちいい。

4/29からGWに突入し、早くも曜日感覚を失っている。友人と渋谷のおいしいイタリアンで食事したり、会社の同僚とホテルニューオータニのプールで泳いだり、夕方まで家にこもって片付けをしたり。仕事のことは頭のなかから放り出してリラックスした時間が流れている。人生には緩急が必要なはずなのにほとんどの日々を急ぎ足で過ごしてしまっているので、いまはひたすら緩やかに。

月が雲の切れ端のようにうっすら浮かぶ。