皆既月食を眺めている。
月にじわりと影が落ちていく。
欠けていく黄色い月に注がれていた意識が、
徐々に満ちていく薄明かりの赤い月にシフトする。
いつも見ている月がとても眩しく感じる。
地球で手を差し出すと地面に影が落ちる。
遠く離れた月でそれと同じことが起きている。
光に照らされて、影ができる。
それをみんなが見つめている。
道を歩く人が空を見上げて足を止めた。
「なにあれ?」
皆既月食が起きることを知らなかったらしい。
「すごい」
ぽつりとつぶやいた彼女はしばらく時間を忘れていた。
人が何かに感動する姿はまた、僕を感動させた。
最近、時間の感覚が伸びたり縮んだりしていて、
自分のペースを守りきれずに翻弄されているうちに
気がつくと、とても寒い季節になっていた。
一定の速度で欠けては満ちていく月を眺めて、
いったん気持ちがリセットされたような気がしている。