夜中に電話が鳴った。たしか1時30分くらいだった。電気はつけっぱなしだった。
電話の相手は大阪で働く幼なじみだった。たまにメールか電話のやりとりをするくらいだけれど、昔から付き合いが続いている数少ない友だちのひとりで、家族以外では唯一ぼくのことを「あんた」呼ばわりする女性でもある。
「ごめん、寝てた?」といつもどおりのあっけらかんとした声が聞こえた。寝てた、とあやふやな意識で返事をした。こんな時間に電話をかけてくる合理的な理由があるのだろうかと考えたが、お互い電話したい時に電話ができる間柄なんだからまぁいいか、と目をつむった。地震は大丈夫だったかだとか、彼女とは続いているのかだとか、うちは彼氏とまだなんとか続いているだとか、そんな内容をうん、うん、へえ、と聞いていた。
「なぁなぁ聞いて聞いて」といういつものフレーズのあと、「来月、やっとスタイリストになれるねん」と報告された。この友人は美容室で働いていて、そういえば今年にもスタイリストデビューするとか去年の年末に言っていた気がする。「おめでとう、長かったな」と、高校卒業後に専門学校へ進学、そして自分より一足早く社会へと出て行った経緯を思い出した。ほんま長かったわぁ、と夜中とは思えないテンションではしゃいでる声が昔と変わらなかった。
ベッドでごろごろしながら、カーテンで手遊びをしながら、どうでもいいような会話を重ねる深夜。小学生の頃、中学生の頃、比べてみてもなにも変わらない。こんな歳になってもつながっていく関係を築けるなんて思ってもいなかった。ふいに「あんたはいつまで東京おるの?」と訊かれた。いつまでとは決めてない、今はまだ東京にいたい、でも一生暮らすことはないと思う、と伝えた。そーなんや、大阪帰ってきいや、と適当な返事をされ、大阪はええわ、と投げ返しておいた。
「もう眠いから寝る。今度東京おいで。」
「東京はええわ、もんじゃやろ。おやすみ。」
「もんじゃだけちゃうやろ、東京は。おやすみ。」
電話をおいて、電気を消して、布団を深くかぶった。目覚まし時計の秒針がチッチッチッと空気をひっかいた。深夜2時過ぎ、窓を隔てた世界は静かなはずなのにどこかざわざわしているように感じた。これが世界の息づかいなのだろうかと耳をすましているうちに、意識のドアが重みで閉じていった。